相生古こぼれ話 第61回「荒神社の天気予報官」

人間の生活と動物は密接なものです。今回はフクロウが鳴き声で次の日の天気がわかるというものですが、その理由が面白いのです。お聞きください。

【南荒神社殿】

~sakki談~

境内には土俵場があり、8月には健やかな成長を願ってこども転がしが行われています。

子ども転がしの様子(相生市コスモスムービーチャンネル)

http://www.city.aioi.lg.jp/site/kosumosumovie/kodomokorogasi.html

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相生いにしえこぼれ話 第61回「荒神社の天気予報官

おおの町北側天神山を背に鎮座する天満宮の鳥居を出て、まっすぐ南に延びる大通りが山裾にかかると、坂道になり、右折するとまもなく左手に南荒神社がみえる。神社の森の木は、今は少なくなり当時を偲ぶことはできないが、昭和20年ころまでは、拝殿と本殿の後ろには神木があり、背後の山の色と相まって社を神々しく見せていた。その緑濃き木の間にフクロウが住みついていた。フクロウは、さも神の使いのごとく「ゴロスケホー・ゴロスケホー」と鳴いた。

 この鳴き声が夜も更けて聞こえてくると、なんとも言えない、郷愁の思いにかられたものだ。その鳴き声が「もどってのりひけー もどってのりひけー」と鳴くと次の日は晴れ。「もどって寝えこらー もどって寝えこらー」と鳴けば次の日は雨だと言われたものである。

 「戻って糊挽けー」というのは、昔は小麦を石のひきうすで粉にし、水を加え煮て糊状にしたものをお椀ですくい、幼児のこぶしほどの大きさのものを冷水にポトポト落として固め、玉糊として売るみせ店があった。それを糊屋と呼んでいた。糊は家庭でも作れたため、フクロウが明日は晴れるぞ「夜遊びせずに帰って臼を挽け」と鳴くのだという。

 昔は現在と違い、シーツにも、エプロンにも、枕カバーにも、浴衣もピンと糊を付けて仕上げた。明日の天気は上々らしいとみると、夜なべをして糊を作ったものだった。木綿物が主流の時代だった生活の一コマといえよう。自然現象に対して人間より敏感な動物や虫などが空気の変化などをいち早く察知する本能を、当時の人は生活に取り入れたという、自然と仲良く付き合った時代のほほえましい逸話である。

今回は棚橋純子著 ふるさと相生つれづれ草から引用いたしました。
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「古こぼれ話」では、今回より「見えるらじお」をめざしてできる限り原稿をのせようと思います。

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