相生古こぼれ話 第62回城山の鯖大師(じょやまのさばたいし)

おおの親盛寺の境内から登ると途中にお魚を持った石仏があります。この石仏はなぜ魚をもっているのか。。それにはお話がありました。どうぞお聞きください。

【引用:棚橋純子著 「相生つれづれ草」】

http://www.aioi-iki-iki.org/tanbou/map-oo05.html

~sakki談~

弘法大師は平安時代の人らしいです。ということはこの石仏は相当古い?う~んそういう風には見えません。でも話が残っていたのはすごいと思います。

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相生古こぼれ話 第62回城山の鯖大師(じょやまのさばたいし)

 おおの城山(じょやま)の南東に四国八十八か所を模した小さな祠が点在している。観音様と城山の間の山道を少し登ると、この霊場の入口がある。入ると一番大きな石仏である「導き大師」が穏やかな丸いお顔で迎えてくれる。その傍らには魚を手にした「鯖大使(さばたいし)」がいる。

この鯖大師がなぜ鯖をもっているのか。。それには次のような話がある。

「昔、弘法大師が教えを広める行脚中にサバを積んだ馬子(まご)に会った。さばを所望すると口汚く罵りをうけた。しばらくすると馬が動けなくなり馬子(まご)は驚いて大師に暴言を吐いたことを詫び、助けを乞うた。大師はもっていた水を馬に飲ませると不思議にも馬は元気になった。喜んだ馬子はお礼にさばを大師に差し出した。大師はこのサバを海に投げ入れ、暫く呪文を唱えながら仏に祈った。するとサバは生き返り勢いよく泳ぎ去った。

馬子は今まで情けを知らなかった自分の邪心を悔い、菩提心(ぼだいしん)を起こして大師を敬い、そして長く仏に仕えたという。おおは港の近くなので、魚の供養に鯖大師が祀ってあるのだという。

大師ゆかりの地には大なり小なり似たような伝説が残っているが、それが魚であったり、菜っ葉であったり、概して食物に関係したものである。

今回は棚橋純子著 ふるさと相生つれづれ草から引用いたしました。

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