相生古こぼれ話 第102回 「おたいつさん詣り」

 相生古こぼれ話 
相生古こぼれ話は地名の謂われや建造物、人物などの相生市内の歴史をお伝えする番組です。
さて、今月はどのようなお話でしょうか

第102回 「おたいつさん詣り」

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相生いにしえこぼれ話 第 102 回 「おたいつさん詣り」

 「おたいつさんの時はよく冷え込む」

 「おたいつさんが済むまでは暖かくならない」

とかいったことは、この地方では古くから言い慣わされてきた。

おたいつさんと言うのは、播磨地方に春を呼ぶ行事として、毎年2月22日、23日の両日に

渡って太子町鵤にある天台宗斑鳩寺で行われる春会式(はるえしき)のことである。

 ここに参詣すると春が来るというので、寺は、この二日間、近郷近在から参詣してくる人々で

隅々まで埋め尽くされる。その人々の熱気が春を呼び寄せるのかもしれない。

事実、おたいつさんが済むと、何となく春の勢いを感じることになったものである。

 小学校5年の時、友達に誘われておたいつさんに行ったことがある。

往路は歩き、帰りは電車・汽車と馬車を使うわけだが、

乗り物に乗れるのは大変な楽しみでもあった。

 紺絣の筒袖と揃いの羽織、鬼足袋を履いた足にはおろしたての草履といったいでたちで、

祖母と母から貰った小遣いを握りしめて勇んで出かけたことをよく覚えている。

 河原町から古池坂を越え、山裾の道に入り、正條の村に着くと、揖保川に架かる正條大橋を渡る。道は田んぼの中をまっすぐに斑鳩の里に白く伸びている。沿道に点在する農家の

広い庭先には、真っ白いそうめんの糸が布のようになって寒風にゆらゆら波打つように

晒されているのが見受けられた。

やがてこんもりとした林の中から青緑色に浮いた六角堂が目に飛び込んでくる。

「おたいつさん」である。

 参道の入り口には、古い石灯籠が一対あって、そこから山門まで松並木が続き、

露店が並んで狭くなった参道は行き帰りするするお詣りの人で混雑していた。

そうした中を線香で煙る本堂前に出ると、お賽銭を投げ込んで手を合わせ

祖母から言われた代参の義務を果たす。あとはもう露店をのぞき見しながら帰るわけで、

来る時とは反対の道にある電車の停留所から電車に乗って、

車体の振動と特有の車両音を楽しみながら網干駅まで行く。

網干駅からは汽車で那波駅まで帰るのだが、窓口で「那波まで」と言って

自分で切符を買うのがまた嬉しくてならなかった。

何だか急に大人の領域に足を踏み込んだように思えたからであろうか。

網干・竜野・那波というほんの短い区間だったのだが。

 那波駅からは丸山の馬車で港まで帰るわけだが、朝からの歩き疲れと

帰ってきたという安心感からか、馬車の揺れの中でうとうとしたのもまた思い出である。

今回は江見錬太郎著「ふるさと想い出の記」より引用しました。

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