相生古こぼれ話 第99回「天神祭りの神降」

前置き

ではお聞きください

sakki談

相生いにしえこぼれ話 第99回 「天神祭りの神降(かみおろし)」
 天満神社は天神山の南のふもと、こんもりした森の中で、
この町を見守ってくれるようにある。
 この神社は相生(おお)の町の鎮守様なのである。
 境内の中央には大谷川にかかる石橋があって、大鳥居を跨いで(またいで)これに通じる道が
一直線に南町(みなみじょ)まで延びていた。
 境内中央の二十四段の急な石段を登ると、そこは広場になっていて、
左に絵馬堂、右には牛の石像があった。
そこからさらに十段の石段を登ったところに拝殿があった。
 この天神様の祭りは、夏祭りが7月24日、25日に秋祭りは11月2日、3日に行われていた。
夏祭りが済むと子供たちの楽しい夏休みが待っていたし、
秋祭りは気候的にも快適な晩秋のことであり、その年の最後の祝日でもあったので、
町中に祭礼ムードが漂ったものだった。
 ここでは、古くから獅子舞が奉納されることになっていて、
北町(きたじょ)、上町(かみじょ)、南町(みなみじょ)の青年団が輪番で奉仕することが伝統的に継承されていた。当番に当たると、まず獅子宿を決めるところから始まった。
 当時、宿元に選ばれるということは大変に名誉なこととされ、
宿元になりたいと希望する家も多かった。
しかし、その名誉の代償として、かなりの費用が掛かることと、
何かと制限されることもあって宿元の決定には「神降(かみおろし)」という儀式が用いられた。
 その夜、拝殿に集まった関係者の前で、神官が重々しく祝詞(のりと)を奏上する。
神前には宿元を希望する家の名前を書いた札が三宝に載せられて神意を待っている。
神官は祝詞奏上が終わると、うやうやしく御幣(ごへい)を捧げ持って三宝の上に垂らすと、神意に叶った札が御幣にくっついて来る。
「神降」の結果はすぐに宿元となる家に届けられ、笛と太鼓の囃子に合わせて、
神前に供えられていた一対の鼻高面と獅子頭が神官によって下げ渡される。
 この一行を迎える宿元では、その家の主が羽織袴で玄関に立ち、
鼻高面と獅子頭を床の間に案内し、労をねぎらって酒食を供し、
神様の御臨降を祝ったのである。
 しかし、この一連の「神降」の行事は、実際には事前に宿元が決定したうえで行っており、神事は儀礼的なものであったようだ。
この儀式が終わると獅子舞の稽古が始まり、祭りの日まで熱い稽古の日々が続くのは
今も昔も変わらない。

今回は江見錬太郎著「ふるさと想い出の記」より引用しました。